事業承継M&A 株式譲渡編
事業承継を進める中で後継者の選定が難しい場合、合併・譲渡することで事業を存続していくM&A(Merger And Acquisition)があります。
M&Aの主な手法には、合併・会社分割・事業譲渡・株式譲渡があり、目的や経営者の意思によって変わってきます。
今回は、M&Aの株式譲渡について解説します。
M&Aの目的
M&Aの大きな目的は会社の成長にかかる時間を買うことにあります。
一から会社(事業)を育てる場合、事業開拓に膨大な時間を要します。この時間を買うことは事業拡大にとても大きな意味を持ちます。
また、M&Aによって、自社にないものや自社の強みをより大きくしてくれるシナジー効果(相乗効果)を得られることも目的としてあります。
企業は日々変化していく社会経済に合わせて、事業を展開・発展させていかなければなりません。M&Aは時代のニーズに応えていくためにも必要な施策の一つです。
M&Aの手法
M&Aにはまず、事業や株式を買い取る「買取」、複数の会社を一つにする「合併」、事業の一部または全部の権利を譲渡する「分割」の3つに大きく分かれます。
【買取】
買取には「株式譲渡」「事業譲渡」の二つがあり、「株式譲渡」はさらに「株式譲渡」「新株引受」「株式交換・移転」の3つに分かれています。
「株式譲渡」は、売却側の株主が買取企業に保有株式を譲渡し、対価として現金を受け取る手法です。新株引受は、新規に発行される株式を引き受けることです。
株式交換・移転は、売却側の株式譲渡に対して、買取側の株式を対価として割り当てる手法です。既存会社を完全親会社にするのが株式交換で、新規完全親会社を設立するのが株式移転です。
「事業譲渡」は、会社事業や資産の一部または全部を譲渡する手法です。
【合併】
合併は二つ以上の会社を1つに統合することを言い、1つの元となる会社に複数の会社を合併する「吸収合併」と新しく会社を設立し、そこに他方の会社を統合する「新設合併」があります。後者においては、他方の会社は消滅してしまいます。
【分割】
合併とは逆に会社を複数に分割し、それぞれに組織や事業、資産を分けます。
分割した会社を新しく設立した会社が引き継ぐ「新設分割」と既存の会社が引き継ぐ「吸収分割」があります。
株式譲渡の基礎知識
中小企業の事業承継に際して、M&A取引のほとんどがこの「株式譲渡」によって行われます。しかし、簡単に株式を売買することは出来ず、法務・税務両面での取扱い方法と知識を要します。
【株式とは】
一般的に株と言われることが多いですが、正式には株式と言います。
株式会社は、会社を経営するために必要な資本金を確保するために出資者を募ります。
出資してくれた人にこの株式を発行し、株主とします。
株主は会社のオーナーということです。また、株式の保有内容と数に応じて、平等に取り扱わなければならない「株主平等原則」が定められており、株式譲渡の際に考慮しなければなりません。
【株式譲渡とは】
会社のオーナーが保有する株式を買い手に譲渡し、会社の経営を承継させることを株式譲渡といいます。ここでは、株式譲渡契約書を締結し、譲渡する株式の対価の支払いを確認の後、株主名簿を書き換えて完了となります。
他のM&Aの手法と比べても分かりやすく、スムーズな取引ですので、最もよく使われています。
【株式譲渡の特徴】
中小企業の経営者と筆頭株主は同じ人間であることが多く、経営者が引退を考える際、後継者に引き渡すことで、事業承継を進めるのが一般的です。
前任者は、株式譲渡後、そのまま引退する場合や会社に残り、後継者のサポートに回ることもあります。
株式譲渡では、会社ではなくオーナーに対して株式の対価である現金が入りますが、会社内は株主が変わるのみで、事業に影響はありません。
取引先との契約や許認可もそのまま引き継がれるため、対外的な影響を最小限に抑えることが大きなメリットになります。
しかし、会社のマイナス面である債権債務、契約関連もすべて引き継がれてしまうので、買い手側のリスクにもなり得ます。これには、事業承継前に調査にコストと時間を要します。
もう一つのメリットは、専門家の助けの下、会社内部で手続きをすべて完了できる点です。
株式譲渡は会社の株式数や会社の構成に変更がないために、法務局や役所での手続きが不要になります。株券を発行していて、譲渡制限が設けられていないかの2点のみ踏まえて置けば、スムーズに譲渡することが出来るのです。
【株券の発行と譲渡制限について】
会社法において、株式会社は原則株券を発行しないことになり、発行する場合には定款にその旨を定めることになっています。
以前は株券を発行することが原則だったので、この移行手続きがしっかりと行われているかを登記事項証明書と定款で確認する必要があります。
登記事項証明書では、「株券を発行する旨の定め」若しくは「当会社の株式については、株券を発行する」と明記があれば、株券を実際に発行していなくても株券発行会社として手続きします。この株券発行会社での株式譲渡は、株券交付をしなければ効力を発揮しません。
登記事項証明書の「株券を発行する旨の定め」若しくは「当会社の株式については、株券を発行する」に下線が引かれ、抹消されている場合には、株券不発行会社になります。
この場合、買い手売り手の意思表示で株式を譲渡できるため、株券の発行は必要ありません。万が一、株券発行がなされているのにその一部の紛失または株券発行会社であるにもかかわらず株券の発行をしていないのであれば、専門家に相談の上、解決が必要になります。
株式に譲渡制限があるかもチェックをしなければなりません。
基本的に株式は自由に譲渡をすることが出来るのですが、不適切な株式譲渡を防ぐために、定款で会社の発行する株式譲渡に関して制限をかけることが出来ます。
譲渡制限が付いた株式のことを「譲渡制限株式」と呼び、中小企業の株式のほとんどがこれに当たります。
譲渡制限株式は一定の手続きを踏むことで、譲渡可能にできます。
定款に基づき、株式譲渡を承認する機関が必要になってくるのですが、一般的には取締役会か株主総会で承認を行います。
ここで1つ注意をしなければならないのは、「みなし承認規定」といわれるものです。
会社側が一定期間に譲渡承認請求者に認否の通知を怠った際に、その請求を承認したものとみなすことになります。
株式譲渡の流れ
一般的に株式譲渡は、会社に対して譲渡承認請求を行い、承認機関の承認の順に行います。
会社によって、機関の構成が違うので、確認をしましょう。
株主総会での承認を行う場合を見ていきましょう。
【株式譲渡承認請求】
株式譲渡を希望する株主は譲渡承認の請求をする際に、譲渡株数と譲受人の情報などを明示します。
【臨時株主総会の開催決定と招集通知】
会社はその他の株主に臨時株主総会の開催決定に伴い、日程の決定と招集通知を出します。
【株式譲渡承認に関わる決議】
臨時株主総会が開催され、株式譲渡の承認か否認の決議を取ります。
承認されれば、譲渡人に通知が行き、否認された場合は、株式譲渡は行えず、会社が指定した買取人に譲渡することになります。
【株式譲渡契約の締結と株式名義書換請求】
承認通知が来た場合は、買い手売り手の間で株式譲渡契約を交わします。
その後、会社に対して株主名簿の書き換えを共同で請求し、会社はこれに対して株主名簿の書き換えを行います。
【株主名簿記載事項証明書の交付請求】
譲受人が会社に株式名簿記載事項証明書の交付を申請し、会社はこれを交付することで株式譲渡は完了します。
株式譲渡の手続きに必要な書類
株式譲渡の承認機関が株主総会である場合の必要書類をみていきましょう。
・株式譲渡承認請求書
・株主総会招集に関する取締役の決定書
・臨時株主総会招集通知
・臨時株主総会議事録
・株式譲渡承認通知書
・株式譲渡契約書
・株式名義書換請求書
・株主名簿
・株主名簿記載事項証明書交付請求書
・株主名簿記載事項証明書
親族のみの株式譲渡の場合
株主が親族のみの場合、株主総会を開催せずに株主総会議事録等の書類をつくるのみで済ませるケースもあります。親族の関係が良好であれば、問題なく簡素に済ませることが可能です。しかし、M&Aの際に大きなお金が動くため、全くかかわってこなかった親族が突然口を出してくるなどのトラブルもあるので、気を付けましょう。
株式譲渡の税務
株式譲渡には、譲渡所得税というものがかかります。
株式売却代金から株式を取得時にかかった費用と譲渡時にかかった費用を差し引いた金額が譲渡所得になります。総収入金額-必要経費=譲渡所得の式に当てはまります。
原則として、株式を譲渡された側には税金はかかりません。
例外として、時価に対し大幅に乖離した価格での譲渡の場合は、税務上の問題が発生してしまいます。これはとてもややこしい問題ですので、専門家と相談しながら進めていきましょう。
M&A契約のポイント
M&Aを検討する際に、確認しておきたいのが、情報の扱いについて。
これを踏まえ、円滑に事業の引継ぎを行いましょう。
【秘密保持契約】
これはM&A取引をする際に、第三者に情報が漏れないように買い手売り手間で情報の開示をしないという取り決めになります。
たとえ株式譲渡が締結したとしてもその後も効力を持っているので、気を付けましょう。
売却時、譲渡時に発生するすべての事柄にこれは当てはまり、大量の情報が行き交います。
トラブルにならないように扱いには気を付け、契約を結びましょう。
まとめ
以上、M&Aの手法の一つである「株式譲渡」について紹介してきました。
後継者不在の中小企業が増えていく中、時間とコストを可能な限り減らし、円滑に譲渡を行うことで、企業価値を下げずに事業を存続させていくことで社会経済を活性化させていきましょう。